大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

江戸川簡易裁判所 昭和48年(ハ)88号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 吉川彰伍

被告 当金明

右訴訟代理人弁護士 牧野寿太郎

主文

被告は原告との関係において、別紙目録記載の建物につき滅失登記手続をせよ。

訴訟費用は一〇分し、その一を被告の負担とし、その全は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

1  原告

主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とする

旨の判決。

2  被告

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする

旨の判決。

二、請求の原因及び抗弁の認否

1  原告は昭和二九年一一月三〇日訴外若林すみから所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を代金二一〇、〇〇〇円で買受けてその所有権を取得した(当時は階下部分のみであったが、原告は買受後二階部分を増築した)。

2  ところが、原告の内縁の妻であった訴外乙山花子の実父である訴外乙山十郎は原告不知の間に、本件建物につき東京法務局江戸川出張所昭和二九年一一月三〇日受付第六二四七号により売買を原因とする所有権移転登記を経、次で右花子は昭和三六年三月三〇日受付第六二四七号により贈与を原因として所有権移転登記を経由し、さらに、被告は昭和四八年五月二八日受付第二三〇五一号により、同月一八日売買を原因として所有権移転登記を経て現在に至っている。

3  したがって、訴外乙山十郎、同乙山花子及び被告は、いづれも実体上本件建物の所有権を取得していないから、右各登記を抹消すべき義務があるところ、原告は昭和三七年八月ころまでの間数回に亘って局部的改造を重ねて建物全部を取壊し、本件建物は滅失した。

4  よって、原告は被告に対し、本件建物の滅失登記手続を求める。

5  被告の抗弁事実中同被告の本件建物の所有権取得の事実は否認する。

三、請求原因の認否及び抗弁

(認否)

第一項のうち、本件建物(二階部分を除く)が訴外若林すみの所有であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

第二項のうち、原告と訴外乙山花子との関係、同訴外人と訴外乙山十郎との身分関係及び原告主張の各登記があることは認めるが、その余の事実は否認する。

第三項のうち、原告が本件建物を全部取壊した事実は否認し、その余の主張は争う。

(抗弁)

1 被告は訴外乙山花子から昭和四八年五月一八日本件建物を買受けて所有権を取得したのであるが、同訴外人は昭和二五年ころ、原告との間で「原告は妻と離婚して右花子と結婚する」旨を約し、訴外花子は原告と結婚を前提として同棲し、昭和二六年末訴外若林すみから所有の本件建物(当時は平家建)を原告と共同で買受けてその所有権を取得し(共有)、その後昭和二七年二階部分を増築し(費用区分をせず共有とする約)、移転登記を受ける際原告及び訴外花子その父乙山十郎の三者が協議して右乙山十郎の所有名義に移転登記を経たのである。

2 その後昭和三六年三月ころ、原告及び右訴外人らの三者が協議した結果、原告は本件建物の共有持分権を訴外花子に贈与し、同月三〇日訴外花子は父十郎から贈与を原因として所有権移転登記を経、名実共に本件建物の所有権を取得し、次で被告は前記のとおり右花子から買受けて所有権を取得したのである。

四、証拠関係≪省略≫

理由

一、本件建物は以前訴外若林すみの所有であり、当時は平家建であったところ、同訴外人から乙山十郎に対し、東京法務局江戸川出張所昭和二九年一一月三〇日受付第一二四四二号により売買を原因とする所有権移転の、次で昭和三六年三月三〇日受付第六二四七号により、贈与を原因として訴外乙山花子に所有権移転の、さらに、昭和四八年五月一八日売買を原因として同月二八日受付第二三〇五一号により被告に対し、所有権移転の各登記がなされていること、原告と訴外乙山花子との関係及び同訴外人と訴外乙山十郎との身分関係については各当事者間に争いがない。

二、原告は訴外若林すみから本件建物を買受けて所有権を取得したが、その後昭和三七年八月ころまでの間に全部取壊した旨を主張し、被告はこれを争うので検討する。≪証拠省略≫を綜合すると、本件建物は昭和二六年四月当時は訴外若林すみが所有し、木造瓦葺平家建居宅、床面積二四・七九平方メートルであり、その後原告は同訴外人から右建物を買受けてその所有権を取得したが、当時原告は負債があり、同人の所有名義とするのを避け、訴外乙山十郎の所有名義で登記を経たこと、その後昭和二七年七月原告は右建物に二階部分を増築して本件建物とし、二階部分を居室として訴外乙山花子と同棲し、階下部分は店舗として飲食店を経営し、次で昭和三四年八月本件建物の北側に所在した建物(木造瓦葺平家建店舗兼居宅、床面積二三・一四平方メートル……当時物置同様の状態)を競落してその所有権を取得し、昭和三七年八月ころまでの間に右競落建物及び本件建物を数回に亘って改造し、終局的には本件建物及び右競落した建物の全部を取壊したうえ、その跡に新たな木造セメント瓦葺二階建店舗兼居宅、床面積一、二階共各四三、一六平方メートル(一階及び二階の南側部分は店舗、同北側部分は居室)の建物を新築したことを各認めることができ、他に右認定を動かすに足る証拠はない(≪証拠省略≫は訴外乙山花子が被告に対し本件建物の所有権移転登記手続をする必要上作成されたもので右認定を左右するものではない)。

三、してみると、訴外乙山十郎は実体上本件建物の所有権を取得した事実なく(当事者間に争いがない)、また、被告主張の訴外乙山花子の原告との共有関係及び所有権取得の事実について、これを認めるに足る証拠はなく、前記認定のとおり原告が本件建物を買受けてから(当時は平家建であったがその後二階部分を増築した)、昭和三七年八月ころ同建物を取壊すまでの間に他に所有権譲渡の事実のない本件においては、原告は右取壊した当時自己に本件建物の所有名義を回復して滅失の登記手続をなすべきであったのに、右手続をせず放置してあったため、昭和四八年五月当時の所有名義人である訴外乙山花子から被告に対し、前記売買を原因とする本件建物の所有権移転登記手続がなされ、現在被告の所有名義となっているに過ぎず(被告の右登記事実については当事者間に争いがない)、被告は実体上本件建物の所有権を取得していないことは明らかである。したがって原告が本件建物の滅失登記手続をせんとする場合、被告に対し右移転登記の抹消に代る移転登記手続を求めて原告の所有名義に回復すると同時にまたは回復した後右滅失登記の申請をするのが不動産登記法所定の手続に合致するけれども、たとえ滅失登記の前提であるとしても、既に滅失している建物につき所有権移転登記を経ることは合理的でないと考えられるので右回復の手続を経ることなく、直ちに滅失登記手続を請求できるものと解するのが相当である。

四、そうすると、原告の本訴請求は正当で理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九〇条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤真)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例